東京地方裁判所 昭和27年(ワ)3023号 判決
原告 吉川万蔵
被告 足立秀雄
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙第二目録<省略>記載の建物(以下甲建物という)の明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決及び仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、訴外小笠原健治は建築請負を業とし、終戦前訴外志和栄吉から依頼されて建物を建築し、その代償として同人所有の宅地(本件建物の敷地及びその隣接地)の所有権を譲受けたがその所有権移転登記はまだ経ていない。そして小笠原健治は終戦後昭和二十二年暮頃母琴治名義で建築申請し、その許可を得て右譲受宅地の一部に別紙第一目録<省略>記載の建物(当時は実測建坪二十坪、以下乙建物という)を建築所有し、自己の親族や使用人等を居住せしめていたが、昭和二十二年秋右乙建物の隣接地に建物の新築工事を始め、その資金に不足を来して、終戦前より知合の原告に金融を求めたので、原告は同人に金銭を貸与したが、同人は同年暮頃原告に対し右貸金債務の代物弁済として乙建物及びその敷地(塀で囲まれた部分で、坪数は不詳)を譲渡し、且つ右建物登記手続に必要な一切の書類を交付した。そこで原告は昭和二十三年三月六日右書類により建坪は当時の建築制限の範囲内の十四坪五合として健治の母小笠原琴治名義で乙建物の保存登記をした上、即日原告に所有権移転登記を受けた。然るに小笠原健治は昭和二十四年乙建物及び敷地を訴外窪川幸衛に二重に譲渡し、窪川はその屋根を瓦葺に改修し、これを訴外東洋貿易株式会社に敷地と共に約四十万円で売却し、同会社は乙建物に廊下、玄関等五坪七合五勺を建増して右建物及び敷地を被告に売渡し、被告はこれを甲建物として所有権保存登記をし、現に甲建物に居住しているが、しかし右甲建物は乙建物と同一建物であり、被告のした保存登記は二重登記であるから無効であり、右の所有権取得を原告に対抗し得ないものであり、その占有は不法のものである。そして原告は乙建物の所有者であるところ、その後窪川及び東洋貿易株式会社のした屋根の修理及び建増部分は附合の法理により原告の所有に帰したから、これにより取得した甲建物の所有権にもとずき被告に対し甲建物の明渡を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告が甲建物に居住しこれを占有している事実は認める。原告が乙建物を取得した事実、及び乙建物の登記に関する事実はいずれも不知である。甲建物が乙建物と同一建物であること、甲建物が原告の所有であることは否認する。甲建物は乙建物とは別個の建物であつて、被告の所有に属するものである。すなわち訴外窪川幸衛は昭和二十三年四月中訴外小笠原琴治から同人所有の東京都世田谷区松原町四丁目三百五十八番地所在木造木羽葺平家建一棟建坪二十坪の建物(未届未登記のもの)をその敷地三十七坪余と共に代金十三万五千円で買受け、同年六月七日代金支払と同時にその引渡をうけ、右建物は同年九月中に取毀した上、昭和二十四年五月右敷地に隣接する自己所有の土地とを併せた宅地七十四坪上に(従前の建物敷地より南方一間の所に旧敷地にも跨つて)木造瓦葺平家建一棟建坪二十坪の甲建物を新築し(同人は右新築に当り取毀建物の材料中若干の柱を利用したが、これは全柱材の三割に足らずその他はすべて新材を用いた取毀建物と建坪は同一であるが、間取り構造等も異り全く別個の建物である)同年九月十三日訴外東洋貿易株式会社に右甲建物とその敷地を売却し、甲建物につき同年九月二十八日東京法務局世田谷出張所受附第一〇五六五号を以て自己名義で所有権保存登記をした上、昭和二十五年五月二日同出張所受附第四五二〇号を以て右会社のため所有権移転の登記を了した。そして右会社は甲建物に廊下及び玄関建坪五坪七合五勺を建増した上、これを昭和二十六年七月二十四日原告にその敷地と共に売渡し、同月二十五日原告にその所有権移転の登記を了した。
右のように現在被告が居住する甲建物は原告主張の乙建物とは全然別であり、原告が乙建物の所有権を取得したとしてもこれにより甲建物の所有権を取得するいわれはなく、甲建物について被告がした前記所有権保存登記は原告主張のように二重登記ではない。却つて乙建物について為された原告主張の所有権保存登記は次の理由により無効である。すなわち、右登記は所有者である小笠原琴治から何らの権限を与えられることなく原告が恣に手続したものであるばかりでなく、その登記当時は木羽葺(トントン葺)の建坪二十坪であるのを、亜鉛メツキ鋼板葺の建坪十四坪五合として為したもので客観的に同一建物の表示とは認められないから無効である。従つて仮に甲建物が乙建物と同一であるとしても、被告の保存登記は二重登記とはならず、原告は本件建物につき被告にその所有権を主張することはできないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告は乙建物の所有者であり、かつ被告が現在居住する甲建物がそれと同一建物であることを前提とし、この甲建物の所有権に基き被告に明渡を求めると主張するので(一)原告が乙建物について所有権を取得したか否か、(二)甲建物が乙建物と同一か否か、従つて原告が甲建物の所有者か否かを判断する。まず(一)について。成立に争のない甲第一乃至第四号証及び証人小笠原琴治の証言(但し後記措信しない部分を除く)並びに原告吉川万蔵の本人訊問の結果を考え合せると、原告は昭和二十二年暮頃訴外小笠原健治から同人がその母琴治名義で所有していた乙建物(但し当時は建坪二十坪)及びその敷地を同人に対する貸金の代物弁済として譲り受け、建物所有権保存登記及び移転登記に必要な一切の書類の交付をうけ、この書類を用いて昭和二十三年三月六日東京法務局世田谷出張所受附第一八八六号を以て別紙第一目録記載の建物の表示で(但し建坪は十四坪五合)前記琴治名義で所有権保存登記をした上、同日同出張所受附第一八八七号を以て同日附売買名義で原告に所有権移転登記を了したことを認めることができ、右認定に反する証人小笠原琴治の証言は措信し難く、その他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そこで進んで(二)について判断する。原告吉川万蔵は、原告が小笠原健治から譲受けた乙建物は建坪二十坪であり甲建物はこの乙建物をそのまま旧位置からやや南方に移転し、乙建物の南側に巾一尺長さ二間半の廊下と間口一間半奥行一間半の玄関とを建増し、その他多少模様替をしたに止まり、甲建物は乙建物と同一である旨供述するが、右供述は後記証拠に照して措信し難く、その他に右原告主張の事実を認めるに足りる証拠がなく、却て成立に争のない乙第一、第二号証、同第五第六号証の各一、二、証人小笠原琴治の証言により真正に成立したと認める乙第四号証並びに証人小笠原琴治、同窪川幸衛(但し後記認定に反する部分は除く)、同安部井修治、同阿部徳七の各証言及び検証の結果を総合すると、訴外窪川幸衛は昭和二十三年四月二十二日小笠原琴治から(同人に健治の代理権があつたか否かはしばらくおくも、健治か乙建物を窪川に二重譲渡したことは原告の自ら主張するところである)乙建物とその敷地を譲受け、その敷地と別にそれより半年位前に譲受けていたその敷地の南側の宅地に跨つて、建物を新築することとして、新に建築許可を受け、乙建物はとんとん葺荒壁で荒廃甚だしかつたので、その屋根や荒壁を落し殆ど柱、貫等のむき出した棟上程度のものとし、これを旧位置から南方約一間の処につくつたコンクリート土台の上に移し、柱も相当数取り替えて新しい柱を入れ、屋根は新しく瓦葺とするため棟木その他すべて取替えた上瓦葺とし、(とんとん葺の屋根の骨組は粗末でそのままでは到底瓦葺にするにたえないものである)壁はすべて小舞から全部新にし(このことは証人安部井修治の証言によつてうかがえる)甲建物(但し当時は建坪二十坪で、廊下及び玄関の建増部分はなかつた)を新築したことを認めるに足りる。そうすると甲建物のうち乙建物の材料を利用した部分があることは右認定のとおりであるが、(なお床板の一部は古い材料が使われていることは検証の結果みとめられるが、新材もその間に交えて使用されてもいた)。乙建物の材料を甲建物に利用した状態が右認定である以上、乙建物は取毀され甲建物は乙建物とは全く別個に新築された建物であると認定するのが相当である。そうすると、原告は右乙建物の取毀によりその所有権を失い(これによつて蒙つた損害について賠償請求権が発生すかどうかは別として、)甲建物の所有権は原告の所有に属しないといわなければならない。しからば原告が甲建物の所有権を有することを前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、既にこの点において失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 飯山悦治)